旅も佳境に入ってきつつあり、ネットどころでは無い毎日になって来た。
前回はニューオーリンズだったと思う。
その後メキシコ湾沿いにフロリダへ進み、
最南端キーウエストとフロリダキーズで今年の夏休みを済ませ、
折り返し、
ケネディ宇宙センターでシャトルの組み立て工場に潜入し、
南部の寂れ上げた田舎道を5日かけてトロトロと流しながら、
エルビスの家とか、
水晶の鉱脈とか、
キャデラックの埋まってる所とか、
風車の一杯立ってる所とか見ながら、
やっとニューメキシコに戻って来た。
長かったけど、よく考えたら先週は海水浴だったのに、今週は雪だ。
そして昨日はアンテナの一杯立ってる所に行って遊んで来た。
ウチのやつのヌードです。どうぞ。
今日はサンタフェで久しぶりのホテル。
ここからが、遂に本番。
全く知識のない、プエブロ文化とアナサジの世界に入って行く。
今日発見した事と言えば、ここ辺りのプエブロとは白人が来た時点で既に自治が進んでいたという事と、それが白人によって丸ごと取り込まれて現在のアメリカの一部として機能しているという事、その新しい形の植民地化の正体が資本主義という名の徴税システムと土地の取り上げだったという事、つまりハワイ/グアム/プエルトリコ/その他のネイティブアメリカンの居留区やチベットと同じ、日本で言えば沖縄と北海道の様な物であるという事だった。
そんな政治的な話は好き好んで訊いたり話したりするものではないと思うが、そこを抜きに物事を考えられない。
明日は、タオスプエブロを見た後、ロスアラモスで世界初の原子爆弾が炸裂した所に行ってきます。
Wednesday, March 14, 2012
Friday, March 2, 2012
ガダラの豚/Bad Lieutenant
ニューオーリンズは雨だ。まだ夜10時過ぎだが、嫁も子供も後部座席でとっくに寝ている。
観光地のフレンチクオーターを離れ、あても無く街を一人で流す。
東に向かうと、段々とこの街が本当の姿を現し出した。
カトリーナによってメチャクチャに壊された爪痕は、未だにそこら中に残っている。
1/3ほどの民家は、その後再建される事も無く、放置されたままだ。
人々は廃墟の立ち並ぶ街で、日常をおくっている。
街灯も少なく、暗い。
なのに、所々大きめのビルの廃墟がライトアップされていて明るい。
ホームレスなどの侵入を防いでいるのだろう。
車を停める。ここが何処なのかよく分からないが、今日はココで寝よう。
目の前は、屋根の抜け落ちた廃墟。子供の頃に、友達と忍び込んだお化け屋敷を思い出す。
しかし、その隣は民家を改造したパブで、日曜日の深夜だというのに賑わっている。
土地には、それぞれの「気」というものがある。そして、往々にしてその「気」を代弁するドラッグがその地を席巻しているものだ。
日本の覚せい剤、カリフォルニアの大麻、北部メキシコのペヨーテ、タイの阿片、そしてこの街は、酒だった。
この街の人々は、本当によく呑む。観光名所は言うに及ばず、相当奥の住宅地でもパブは何処も賑わっている。そしてリズムは土の匂いがする。路上で黒人だけのマーチングバンドがカッコイイ曲やってて、通行人が踊り出してちょっとした路上パーティー状態になったりしていた。黒人ばかりなのに、バカみたいなヒップホップは影が薄い。
ベイエリアで見る黒人達が楽器なんか触ってるの見た事無いもんな。
先週マルディグラスが終わったばかりで、街はその余韻を残して、まだ少しじっとりと熱を帯びている。
今日、このブードゥーの街でこの本を読み終えるのは、不思議な縁だ。
7年前に友達が日本に帰る時に置いて行ったものだが、これまで一度も開こうとした事は無かった。それが何故だかこの旅に出るその日に、何の理由も無く持って出て来たのだった。多少の幼稚さはあるものの、面白くて一気に読んだ。
セコイアの森で、雪の山脈で、夜の砂漠で、そして今日、雨の街で。
旅の途上で、旅の物語を読むのが好きだ。
この物語もまた、旅の話だ。しかも、らもさんの書いた旅の話。
面白くない訳が無い。
主人公の大生部は民族学者で、アフリカの呪術を専門に研究している、その道では秀でた研究者だ。家族を連れての現地でのフィールドワーク中に、事故で娘を亡くしてしまう。それが元で、大生部はアル中に、嫁も鬱になってしまう。
それから7年、そんな大生部のもとに、テレビ局からアフリカでの呪術師の取材の話が転がり込んで来て、彼等はまた呪われたアフリカの地を踏む事になるのだが。。。。。。
ヒトのある所には、必ず喜びや悲しみがあり、幸せなヒトが居れば、必ずそれを妬むヒトも居る。社会には、それらの不平等や不均衡を正そうとするホメオスタシスのようなものが作用していて、これを不自然に押さえ込みすぎると、今アメリカで起こっている格差社会是正デモのような事がおこる。
ヒトが今の様な罰則を基準とした法治社会を造る以前、その仕事を司っていたのはシャーマンだった。この物語はそれを単純にオカルトとして描くでもなく、上手くストーリーに取り入れながら現代にはめ込んでいる。
そして、その現代は人類の歴史のなかで最も広範に変成意識が受け入れられている時代でもある。
その昔、ドラッグはシャーマンや彼がゆるした者達だけが手に出来るものだった。そしてそれを通して得られた経験を神託として社会が運営されていた。
しかし現代は、誰でも望めばそれが手に入る時代になった。そこに経験を積んだガイドとしてのシャーマンは存在せず、崇高な目的も失われ、快楽の側面が注目されるようになった。
結果、広大な精神世界を地図も持たずにうろつく輩が増え、無自覚に呪いを現実に持ち帰るようになった。現代とは、シュールリアルがリアルの中に流れ出している時代だと思う。
らもさん自身も元々その一人であって、そして何度もそのラインあたりをウロウロしながら生きていたように思う。そして最期、自分自身が「俺、いつか階段から落ちて死ぬわ〜」と予言した通り、階段から落ちて亡くなった。
この呪い/ブードゥーを、上手に空気感として取り入れている映画がある。それが今回の映画 Bad Lieutenant だ。監督のWerner Herzorgは、若い頃は哲学めいた大作を沢山作っていたのだが、今作ですっかり垢が落ちて、どの角度から見ても素晴らしい作品を撮る監督になった。ストーリーは、今回のこのブログの内容とかぶるので、敢えて書かない。ただ、素晴らしい作品なので、是非見て欲しい。
ここから、一路フロリダを目指します。
Monday, February 13, 2012
Fear and Loathing in Las Vegas
今、車で家族旅行中だ。多分四日目だと思うが、すでにその辺が定かでない感じの旅に突入している。
今日、何曜日だっけ?
俺の中で「良い旅のサイン」というのが幾つかあって、そのうちの一つが「カレンダーを忘れる」だ。
さっそくの忘れっぷり、幸先よい。
今日、何曜日だっけ?
俺の中で「良い旅のサイン」というのが幾つかあって、そのうちの一つが「カレンダーを忘れる」だ。
さっそくの忘れっぷり、幸先よい。
アパートを、グレッグにサブレットしてサンフランシスコを出発。オークランドのふうすけ宅を後にして、カラベラスビッグツリーでスタンプを撮影してからレイクタホ方面へ登り、HW395を下ってジョシュアツリーへ、というのが今までの道のりなのだが、今はまだジョシュアツリーには着いてない。その途中のモハベ砂漠に居る。
今日、早速今回の旅で初めてのガソリンが足りないかもしれん様な状況にさしかかった。
砂漠の旅では、横道に逸れて遊びに行ったりした時、タイミングを逃すとガソリンがヤバい時がある。ハラハラしながら山道を走っていると、何故か横に逸れた道で何台もの車が渋滞しているのが見えた。
それを横目に少し走ると、スタンドはすぐに見つかった。ほっとする。
そこで、さっきの横道の先で何があるのか訊いてみると、何とレースだという。
面白そうだと思ってひやかしに来てみたら、そこはバーニングマンそっくりの光景が広がっていた。
本当にそっくりなのだ。
砂漠の旅では、横道に逸れて遊びに行ったりした時、タイミングを逃すとガソリンがヤバい時がある。ハラハラしながら山道を走っていると、何故か横に逸れた道で何台もの車が渋滞しているのが見えた。
それを横目に少し走ると、スタンドはすぐに見つかった。ほっとする。
そこで、さっきの横道の先で何があるのか訊いてみると、何とレースだという。
面白そうだと思ってひやかしに来てみたら、そこはバーニングマンそっくりの光景が広がっていた。
本当にそっくりなのだ。
砂漠の中に広大なコースが作ってあって、その周りを数えきれないほどのトレーラーやRVが扇状に取り囲んでいて、各自がそれぞれの「砂漠を速く走る為のマシーン」を持ち込んでいる。そのピットの周りでは仲間がバーベキューしたり音楽をかけたりしてテーマキャンプっぽい。ヒトもフレンドリーで好印象だ。
残念ながら、自由は眠ってしまったので、嫁が一緒に寝る事にした。残された俺が散歩がてらに何がどうなのか偵察に行く事になった。煙でフラフラになりながら、この砂漠の中の即席の街を歩く。その昔、俺もバハバグに乗っていた事もあったので、こういう砂漠系のマシーンがキットで売られていたりする事くらいは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
知らなかった。これは凄い。
俺はもっと粗雑なモノを想像していたが、全然違った。これはカートにも劣らないような、エンジニアリングの世界だった。
「日用性」などという言葉を一切排除した、砂漠以外の場所では何の役にもたたないモノに、莫大な労力と最高の技術を注ぎ込む、という意味でマシーン達は充分にアートだった。
顔にスカーフを巻いて、ゲホゲホやりながら車の写真を撮っていた俺は、カメラをかまえた時にふと気がついた。このレースってあの Fear and Loathing in Las Vegasで、ジョニーデップが取材でやって来る、あのレースじゃねーか?
今晩は、レース場でトレーラー達にまぎれて、砂漠の祭りの中で一泊します。
そうそう、もう一つの「良い旅のサイン」は、「旅先で祭りに居合わせる」です。
P.S. 自由は昨日、初めての雪を触りました。今日は初めてのレースでした。そして明日、問題のラスベガスに乗り込み初めてのギャンブルです。
Saturday, December 17, 2011
COD Zombies / Mafia vs Ninja
一時期、名作に飽きてしまいロベルトロドリゲスの映画にハマったりしていたが、それにも飽きてしまい、しばらく何も観ない事にした。「好きな事が何故か面白くない」のは、本当に辛い事だ。生きている感じがしない。
ただ、中毒とは恐ろしいもので、急に何かを止めてみても、それまでその為に割いていた時間が宙ぶらりんになってしまって、どうも落ち着かない。その間、映画を観ずに、ただひたすらプレステで Call of Duty/ゾンビ殺しに費やしてみた。初めは暇つぶしのつもりだったのだが、これがガッツリハマった。
ハマる要素が満載だった。
精緻なグラフィック、やり込む程に制作者の意図が伝わってくるマップ、しかも丁度「飽きて来たな〜。」と思う頃に定期的に新しいマップがリリースされるため、ダウンロードすればまた新しい世界で遊べる。
キャラ達も自虐的な人種差別ネタのシャレがきいてて笑えるし、でもそのバックグラウンドにあるストーリーは意外と巨大で興味深い。。。。しかも一部はNight of the Living Deadのジョージロメロ監督が監修しており(カメオ出演あり)、ゾンビ映画ファンのハートもガッチリキャッチしている。
3Dシューターでありながら、ゾンビの動きは完全に8ビットゲームのそれで、その法則を見つけてしまえば、迫るゾンビ達を紙一重でかわしながら自由自在に動けるようになる。
この「全能感」にも似た感覚がたまらなくて、時に徹夜も挟みながら、朝から晩までひたすら画面の前に座っていた。ゼロ歳児と二人で(汗)。。。。
轟く銃撃音、飛び散るゾンビの頭。これは見せちゃダメだよな〜。情操教育上、大問題な気がする。でもやめられない。。。。
そんな、終わりの無いループに思えたゲームも、先日ついに飽きた。急に何かがリセットされたような、不思議とブランクな気分になった。
久しぶりに映画でも観るかと、近所のビデオ屋に寄ってみた。
じっくりとチェックしてみたが、これといってパッとした一本が見つからない。
こんな時は、店員の兄ちゃんに相談するのが賢い。
「最近B級映画にも飽きてて、ゲームばっかりやってたんだけど〜」などと下らない近況報告から始まって、こんな時にピッタリな映画は何かないかと勧めてもらう。
「う〜ん、それは結構重傷だね〜。」と言いながら彼が勧めて来たのはShawn of Dead等のスプーフものが何本かで、どれも決め手に欠ける。
俺はもう何も面白くないんだろうか?などと、レンタル屋の兄ちゃんに絡んでいたその時、彼の後ろの棚の一番下の段にポツンと置かれているビデオテープのタイトルが、俺の目に飛び込んで来た。
"Mafia vs Ninja"
ちょっと待て。
何なんだあのビデオテープは?と訊くと、店員全員が知らないという。
手に取って見てみると、これ以上無いほどにチープで怪しい。
忍者を謳っているくせに、キャストに日本人の名前が一つも見あたらないのも、非常にクサい。
ジャケットもこの上なく王道な仕上がり。
まるで、旅先のヤミ市で遺跡の盗掘品を見つけたときの様な、誰も知らない秘密に行き当たってしまったような、背徳的な興奮に包まれた。
これは、間違いない。今、まさにこんな映画を探しにココへ来たのだ。
運命を感じた。
貸してくれ。ビデオデッキを持っていないが、そんな事は関係ない。というと、
店員がテープを一通り眺めて一言、「ゴメン、これはレンタルじゃないよ。」という。
売り物か。いくらなんだ?というと、ステッカーが貼ってないので、店のものでも無さそうだという。
持ち主はおろか、出所も不明とは。
何とか貸してくれ、明日には必ず持ってくる、何なら俺の免許証を置いて行くからと食い下がったが、
「オーナーに明日訊いてみるから、明日のこの時間に来てくれ。」と丁寧に断られた。
次の日、はやる気持ちを抑えきれずに早めにビデオ屋に行くと、昨日の兄ちゃんが
「待ってたよ〜!」と言ってテープをカウンターにドン、と立てた。
True Romanceのブラッドピットよろしく長髪にヒゲの、いかにもストーナーなこの男、素直に売ってくれるのかと思いきや、パソコンをカタカタやったかと思うと、
「アマゾンでは$27でうってるな〜。」と言い出した。
そりゃいくらなんでも高過ぎると交渉し、嫁に怒られながら$13で購入した。
後日、カフェの地下室にビデオデッキがあるのを思い出し、そこで上映会をする事になった。メンツはヨルダン人のボスと俺、それにイタリア人のAliceの三人。ジャパニーズ対イタリアン。
マフィアと忍者の戦いを観るのに、これ以上無いメンツだ。
煙にむせぶ地下室で、映画は始まった。
画面が映った瞬間から、あまりの画質の悪さに一同爆笑。かと思えば、一分も立たないうちにいきなり始まるカンフーアクション。
これが意外にも相当なクオリティの高い動きで、それにまた驚く。
流れ者の主人公は、ひょんなことから上海のマフィアの親分を助ける事になる。彼等は今、新興の組と抗争中なのだ。
人情味のある親分は地元でも慕われている名士で、かたや新興の組は上海進出を目論む日本人と結託して、街を牛耳ろうとしていた。彼等はその手先として忍者を使っていた。
主人公は、親分の危機を得意のカンフーで何とか救ったものの、日本人達は金にモノを言わせて、今度は白人と黒人と日本人からなるプロの殺し屋を雇い、襲って来た。自分達の不在の間に、街は日本人達に略奪、皆殺しにされてしまう。
復讐を誓う中国人達。死闘の末、上海の街を日本人の帝国主義から救うのだった。
撮影は1984年。日中国交正常化が72年、日中平和友好条約が78年だった事を鑑みて、どれほど現地で反日/好日が世俗的に浸透していたのか知る由もないので、これがどれほど冗談だったのか本気だったのか量りかねるが、どちらにしても日本人の描かれ方の非道さには心底笑える。
しかし同時に、いつでもメディアが描くものは世相を反映しているという観点に立つならば、彼等の日本人やヨーロピアンに対する開けっぴろげな差別は無邪気で恐ろしくもある。
とにかく初めから終わりまで90分間、ゲラゲラ笑った。笑いすぎて疲れた。
差別を描く事で逆にあぶり出されている、あからさまな逆差別や、秀逸なカンフーアクション、疑問の多いエディット、そこここに散りばめられているゲイ的なサービスショット、チープな80年代的シンセサウンド満載(もちろん無断だと思うが日本人のシーンで喜多郎も使われてた)、おおよそ殆どの台詞が、ストーリーを説明する為に費やされているプロット等、突っ込みどころ満載のリッチな一本だった。
アクション、ロマンス、特撮、ポリティクス等、監督のロバートタイがやりたい事をぎゅっと詰め込んだ、珠玉の作品。天才じゃなかろうか。
ちなみに、もうお気づきかもしれないが、イタリアンマフィアは最後まで出てきませんでした。ごめんね、Alice。マフィアって、中国マフィアだったのね。
Youtubeに、フルで上がってたので貼付けておきます。Enjoy。
ただ、中毒とは恐ろしいもので、急に何かを止めてみても、それまでその為に割いていた時間が宙ぶらりんになってしまって、どうも落ち着かない。その間、映画を観ずに、ただひたすらプレステで Call of Duty/ゾンビ殺しに費やしてみた。初めは暇つぶしのつもりだったのだが、これがガッツリハマった。
ハマる要素が満載だった。
精緻なグラフィック、やり込む程に制作者の意図が伝わってくるマップ、しかも丁度「飽きて来たな〜。」と思う頃に定期的に新しいマップがリリースされるため、ダウンロードすればまた新しい世界で遊べる。
キャラ達も自虐的な人種差別ネタのシャレがきいてて笑えるし、でもそのバックグラウンドにあるストーリーは意外と巨大で興味深い。。。。しかも一部はNight of the Living Deadのジョージロメロ監督が監修しており(カメオ出演あり)、ゾンビ映画ファンのハートもガッチリキャッチしている。
3Dシューターでありながら、ゾンビの動きは完全に8ビットゲームのそれで、その法則を見つけてしまえば、迫るゾンビ達を紙一重でかわしながら自由自在に動けるようになる。
この「全能感」にも似た感覚がたまらなくて、時に徹夜も挟みながら、朝から晩までひたすら画面の前に座っていた。ゼロ歳児と二人で(汗)。。。。
轟く銃撃音、飛び散るゾンビの頭。これは見せちゃダメだよな〜。情操教育上、大問題な気がする。でもやめられない。。。。
そんな、終わりの無いループに思えたゲームも、先日ついに飽きた。急に何かがリセットされたような、不思議とブランクな気分になった。
久しぶりに映画でも観るかと、近所のビデオ屋に寄ってみた。
じっくりとチェックしてみたが、これといってパッとした一本が見つからない。
こんな時は、店員の兄ちゃんに相談するのが賢い。
「最近B級映画にも飽きてて、ゲームばっかりやってたんだけど〜」などと下らない近況報告から始まって、こんな時にピッタリな映画は何かないかと勧めてもらう。
「う〜ん、それは結構重傷だね〜。」と言いながら彼が勧めて来たのはShawn of Dead等のスプーフものが何本かで、どれも決め手に欠ける。
俺はもう何も面白くないんだろうか?などと、レンタル屋の兄ちゃんに絡んでいたその時、彼の後ろの棚の一番下の段にポツンと置かれているビデオテープのタイトルが、俺の目に飛び込んで来た。
"Mafia vs Ninja"
ちょっと待て。
何なんだあのビデオテープは?と訊くと、店員全員が知らないという。
手に取って見てみると、これ以上無いほどにチープで怪しい。
忍者を謳っているくせに、キャストに日本人の名前が一つも見あたらないのも、非常にクサい。
ジャケットもこの上なく王道な仕上がり。
まるで、旅先のヤミ市で遺跡の盗掘品を見つけたときの様な、誰も知らない秘密に行き当たってしまったような、背徳的な興奮に包まれた。
これは、間違いない。今、まさにこんな映画を探しにココへ来たのだ。
運命を感じた。
貸してくれ。ビデオデッキを持っていないが、そんな事は関係ない。というと、
店員がテープを一通り眺めて一言、「ゴメン、これはレンタルじゃないよ。」という。
売り物か。いくらなんだ?というと、ステッカーが貼ってないので、店のものでも無さそうだという。
持ち主はおろか、出所も不明とは。
何とか貸してくれ、明日には必ず持ってくる、何なら俺の免許証を置いて行くからと食い下がったが、
「オーナーに明日訊いてみるから、明日のこの時間に来てくれ。」と丁寧に断られた。
次の日、はやる気持ちを抑えきれずに早めにビデオ屋に行くと、昨日の兄ちゃんが
「待ってたよ〜!」と言ってテープをカウンターにドン、と立てた。
True Romanceのブラッドピットよろしく長髪にヒゲの、いかにもストーナーなこの男、素直に売ってくれるのかと思いきや、パソコンをカタカタやったかと思うと、
「アマゾンでは$27でうってるな〜。」と言い出した。
そりゃいくらなんでも高過ぎると交渉し、嫁に怒られながら$13で購入した。
後日、カフェの地下室にビデオデッキがあるのを思い出し、そこで上映会をする事になった。メンツはヨルダン人のボスと俺、それにイタリア人のAliceの三人。ジャパニーズ対イタリアン。
マフィアと忍者の戦いを観るのに、これ以上無いメンツだ。
煙にむせぶ地下室で、映画は始まった。
画面が映った瞬間から、あまりの画質の悪さに一同爆笑。かと思えば、一分も立たないうちにいきなり始まるカンフーアクション。
これが意外にも相当なクオリティの高い動きで、それにまた驚く。
流れ者の主人公は、ひょんなことから上海のマフィアの親分を助ける事になる。彼等は今、新興の組と抗争中なのだ。
人情味のある親分は地元でも慕われている名士で、かたや新興の組は上海進出を目論む日本人と結託して、街を牛耳ろうとしていた。彼等はその手先として忍者を使っていた。
主人公は、親分の危機を得意のカンフーで何とか救ったものの、日本人達は金にモノを言わせて、今度は白人と黒人と日本人からなるプロの殺し屋を雇い、襲って来た。自分達の不在の間に、街は日本人達に略奪、皆殺しにされてしまう。
復讐を誓う中国人達。死闘の末、上海の街を日本人の帝国主義から救うのだった。
撮影は1984年。日中国交正常化が72年、日中平和友好条約が78年だった事を鑑みて、どれほど現地で反日/好日が世俗的に浸透していたのか知る由もないので、これがどれほど冗談だったのか本気だったのか量りかねるが、どちらにしても日本人の描かれ方の非道さには心底笑える。
しかし同時に、いつでもメディアが描くものは世相を反映しているという観点に立つならば、彼等の日本人やヨーロピアンに対する開けっぴろげな差別は無邪気で恐ろしくもある。
とにかく初めから終わりまで90分間、ゲラゲラ笑った。笑いすぎて疲れた。
差別を描く事で逆にあぶり出されている、あからさまな逆差別や、秀逸なカンフーアクション、疑問の多いエディット、そこここに散りばめられているゲイ的なサービスショット、チープな80年代的シンセサウンド満載(もちろん無断だと思うが日本人のシーンで喜多郎も使われてた)、おおよそ殆どの台詞が、ストーリーを説明する為に費やされているプロット等、突っ込みどころ満載のリッチな一本だった。
アクション、ロマンス、特撮、ポリティクス等、監督のロバートタイがやりたい事をぎゅっと詰め込んだ、珠玉の作品。天才じゃなかろうか。
ちなみに、もうお気づきかもしれないが、イタリアンマフィアは最後まで出てきませんでした。ごめんね、Alice。マフィアって、中国マフィアだったのね。
Youtubeに、フルで上がってたので貼付けておきます。Enjoy。
Monday, September 5, 2011
東京原発
俺のビザも残り後1年となり、子供も産まれた事もあって、最近ウチでは帰国の話がチラホラと出るようになった。
俺の息子はアメリカ人だが、第一言語が英語ってのだけは避けたい。ヒトは言語をベースにモノを考えるので、何語をベーシックに置くかで人間性が決まると言って良いと思う。
その上に環境や地域性、文化などが複雑に絡んで一人の人格を作り上げるのだ。
二つの言語を喋るようになって知った事だが、英語を喋っているときの自分と日本語を喋っているときの自分は、微妙に違う人格を持っている。
英語を喋っている自分は、より論理的で開放的で、発言に恐れが無い。第二言語にもかかわらず、思考は口をついて流れ出す。そのかわり「行間を読む」というような作業は基本的に頭に無い。
日本語を喋っているときの自分は、より情緒的で思慮深く、相手の立場に立って考える事が出来、あいまいで感覚的な事に対してオープンだが、その反面、思考をストレートに自分の口と直結出来ない。
この二つの違いは決して俺だけの問題ではないと思う。端からみても顕著だ。
政治家から学者、はてはテレビのアナウンサーまで、日本人の殆どは単語の間に「え〜」を挟まないと喋れない。
一方、ハリウッド映画でよく見る、「カップルが怒鳴り合った挙げ句に禁句を口にしてしまって謝る」という場面は、アメリカ人には実際にある事だ。
そういった意味で、日本人のプレゼン下手は言語の所為だと思うし、ラップとは英語の文化だなと思う。
どちらをとっても、片方だけでは不十分だと思うし、両方を使える事は間違いなく必要だ。
しかし英語がベーシックでは、どうしても自分を中心に考える人間に育ってしまいそうで嫌なのだ。
文頭に必ず主語を置くという行為を繰り返すとは、そういう事なのだ。
今日、世界中にアメリカがバラまいている数々の問題の元凶は、「彼等が英語を喋る」という事と「資本主義」が二人三脚で演じていると思う。
我が子には、思いやりのある人間に育って欲しい。
その為にも子供を日本語をベーシックに育てたいので、日本に住む事が望ましいという事で、女房とも話がおおむね一致して来た。
そこにきて、やっぱり「フクシマ」の問題が、俺達の頭の上に重くのしかかってきた。
先月、政府がとんでもない数字を公表した。事故から今日まで、約170日。この間に放出された放射性物質の量は、広島型原爆の168個分?!!!
毎日一回、日本では「ヒロシマ」が起きているというのか。。。。。
勿論、上記のリンクにもあるように、大気中で炸裂する爆弾と、原発からゆっくりと流出する放射性物質を単純に比較出来ない。
だがこれは、福島の方が、より高濃度の汚染が長期間続く事を同時に意味している訳でもある。
九州の米からもセシウムが出てる今、安全な場所なんて無い気がする。
今日、こともあろうに岩手のサンマを皆で食べよう!みたいなイベントがあっていたようで驚いた。
ちゃんとココに供されるサンマは全部放射線の検査をしてあるんだろうか?
ニュースは基本的に「被災地復興の為にいい事」として福島や岩手県産の農作物や魚介類が売れる事をいい事のように報道しているが、こういう、命や健康よりも経済を優先している様な連中の言う事を真に受けている人達を見るのは、本当に恐ろしい事だ。
事故の後、こんだけ政府もマスコミも企業も、嘘と隠蔽にまみれている事が分かっていながら、未だにそれを信じていたり、ニュースで報道されている事の外側の情報を自分から集めようとしない人達がいるのは驚きだ。海外に居た方が、フィルターのかかっていない情報が手に入りやすい。
先日、ベルギーでプレイしてるサッカー選手が「フクシマコール」でやじられたと言って、怒っていたらしい。
この世でもっとも汚い物を太平洋にジャンジャン垂れ流しておいて、怒れるところなのか?これは。
今回の一件は、これから何万年も日本人が背負って行かなければならない十字架なのだ。黙って頭を下げるしかないのでは?
そしてその十字架は、汚染された水や空気や食物、土壌を通じて日本人達の遺伝子に奇形や病気の因子として組み込まれ、永遠に受け継がれて行くのだ。
もし、俺の息子が将来、福島出身の女性を結婚相手として連れて来た時に、俺は孫が健康体で産まれてくるかを心配しない自信が無い。
何でこんな事になったのだろう。俺には原因が分かる。
日本の、日本人の、そこが嫌で国を出たんだから。
何が原因なのかじっくりと考えて欲しいが、残念ながらその原因となっている連中には、それが何だか分からないだろう。
問題は、そういう連中が「いい人達」である事だ。
例えば、こういう事を、分かち合いだと本気で言ってしまえる様な。
そして、今まで連中が社会の過半数であったからこそ、現状がこうなのだ。
日本人と話していると、「普通さ〜」とか「常識では」というようなフレーズがよく出る。これまでの自分達の「普通」や「常識」が間違っていたという認識に立って、未来を構築して欲しい。
そんな事とは無縁の、俺が問題を訴えかけている訳ではない人達には、きっとそれが何か、とっくに分かってるんだろうな。
そんな方々に、今日はこの映画を紹介したい。
Friday, July 22, 2011
Bodysong
7月7日、七夕の日にウチの長男が産まれた。
初産にも関わらず、予定よりも2週間も早い出産だった。
当日、世界仰天ニュースの撮影で街を離れていたところに、電話があった。
夜中の1時を回っていた。
現場の皆が全力でダッシュをかけてくれて、3時前には家に着けたと思う。
そこから助産院に送ってもらい、様子を見るが、まだまだとの事でホテルに泊まる。
夜が明けていた。
俺は仕事の疲れから眠っていたが、嫁はウンウン唸りっぱなしで一睡もしていなかった。
昼過ぎ、陣痛の度に立ち止まり、休みながらの散歩をしたりして、その時をひたすら待つ。
夕方、嫁が「これは間違いないと思う」というので助産院に戻ると、どうやら体の準備も出来たようだった。
嫁の唸りに合わせて、でも落ち着かせる様にリードしながら、俺もオームを一緒に唱える。
そうこうしていると、嫁がいきみたがりだしたので、「いよいよか?」ということで湯船に移った。
ここまでは、自分の想像していた出産のシナリオ通りだった。
そしてここから頑張って踏ん張ったら、頭が見えてきて。。。。。。。
の筈が、突然、嫁が出血。
湯船に真っ赤な血がブワーッと広がって行く。
助産婦がアシスタントに救急車を呼ぶよう伝えている。
その判断の早さに、ただ事では無いという事が読み取れた。
すぐにやって来た救急車で、病院に搬送。
夕暮れの少し前の、いわゆるゴールデンアワーの金色の景色の中を、他の車を脇に寄せながら、俺たちを乗せた救急車だけが真っ直ぐに走って行く。
非現実的なくらい奇麗な光の中で、フリーウェイの全ての車が止まった不思議な光景。
サイレンの音しか聞こえない。
助手席から振り返った先に、酸素マスクを付けられた嫁の頭が揺れている。
嫁も子供も死ぬかもしれない、と思った。
その時の自分は、やけに醒めていた。一瞬で覚悟が決まった。
「神様、お医者様、どうか二人を助けて下さい。」とはならなかった。
逆に、「これが運命なのだろうか?」と、受け入れる体勢になった。
俺は、情が薄いのだろうか?今考えても分からない。
でも、うまく言葉に出来ないけれど、「仮に死んだとしても、誇らしい」というような強烈な信頼のような感覚がこみ上げて来て、俺はまるで自分が死ぬときの様に、妙にサッパリとしていた。
病院に着くと、嫁はガンガン色んな針を刺し込まれ、みるみる管とコードまみれになり、胎児の頭には心拍を測るためのセンサーが打ち込まれ、そのコードと子宮内の圧を測るセンサーのコードが股の間から延びて、ベッドの横の機械に繋がっている。あれよあれよと言う間に、おおよそ新しい命を迎え入れようと言う暖かい環境とはかけ離れた、おぞましい光景ができあがった。
そして、一定の処置が済むと、ナースが俺達に最初に言った言葉は、「痛み止め(無痛分娩)の用意は、いつでも出来てますよ、と奥さんに伝えて下さい。」だった。
彼女が悪魔に見えた。悪魔の囁きだった。
この状態から12時間、嫁は耐え続けたが子宮口は一向に開かず、結局「ゴメン」の一言で嫁はギブアップした。
いや、本当に開いてなかったのかどうかも、本当は怪しかった。
病院では、検査の度に違う看護婦がやってきて触診するので、前より開いていたかどうかは誰にも分からないのだ。
子供の心拍も安定していたし、出血も止まっていた。病院側も必要だとは一言も言わなかった。
でも結局、あれだけ拘ったにも関わらず、我が家の初産は、無痛分娩となった。
この人生の一大イベントを、二人で一緒に乗り切ろうと約束したのに、結局、嫁一人の決断で押し切られた事に、俺は猛烈な疎外感を感じながら、嫁が無痛分娩の処置を受けているのを黙って見ていた。
この日まで、ずっと何ヶ月も頭に描いて来た幸せな出産と、それに伴う二人の精神的な結び付きと、その深まり、そしてそこを基盤としてスタートする俺達三人の未来。そんなビジョンが頭をグルグルと回った。
目の前で起きている事は、そんな全てのイメージの正反対だった。
何と例えたらいいだろう。強姦によって処女を奪われた、そんな気持ちだった。
俺は、嫁の目を真っ直ぐに見れなくなった。
急に、全てに興味が無くなった。家に帰って寝たくなった。
勝手にしろ。
科学の助けを借りて自然を裏切り、陣痛から解放された嫁は、疲れからぐっすり眠っていた。
真っ暗な病室に、機械の点滅する光がその寝顔を浮かび上がらせる。
ついさっきまで強烈な信頼を寄せていた相棒が、ものすごく遠い誰かに思えた。
ずっと傍らで付き添ってくれていた助産婦が、気遣って俺を病室の外に連れ出した。
「洋輔、大丈夫?」と訊いて来たが、俺に何が言えよう。
起きてしまった事をいくら騒いでみても、もう時計の針は戻せないのだ。
彼女とはこの半年、毎週クラスを通して自然分娩について語り合った仲だ。俺が失ったものの大きさを察して、黙って優しくハグしてくれた。
そうして拗ねていられたのも少しの間だけだった。1時間ほどすると、子供が産道へ降りて来た。それが分かると、投薬を減らそうとナースが言い出したので、俺は完全に切ってくれと頼んだが、「産むのはあんたじゃないでしょ。」と一蹴された。病室には男は俺だけ。嫁も含めて、俺の味方はもう、一人も居なかった。
急に色んな人間がやって来て、病室はごったがえした。
さっきまでの無音の世界から一転、慌ただしく色んな機器や器具の準備をするスタッフの大きな声が飛び交った。
その中、こうこうとたかれた照明の中、子供の頭が見えた。
必死にいきむ嫁。中々出てこない。
手を取って一緒にいきむ。う〜ん、と押すたびにまた戻る。
嫁は泣きが入って来た。そうじゃないんだ、出来るんだ、と言い聞かせて、もう一踏ん張り押すと、遂に出て来た。
その瞬間の事は、言葉には出来ない。ただ言えるとすれば、「新しい人間が一人、この世界に加わったという事実に立ち会った」という巨大な経験をしたという事だけだ。今でも目を閉じれば再生できる。とてもサイケデリックでリアルな瞬間だった。感動して大泣きなどではなかった。
良い事も悪い事も含めた自分のこれまでの全ての行いに、一つの結果が出たという強烈な実感がガーンとやって来て、ある意味許された様な気持ちになって、涙が出た。
今日、ウチの息子、古賀自由は生後2週間目。嫁の妹と4人でファーマーズマーケットを覗いた後、近所にパイを食べに行きました。毎日、おっぱいを飲みまくって、すくすく育ってます。もう寝返りもうちました。
出産のあの日、期待から始まり、興奮、不安、思いやり、愛情、信頼、裏切り、失望、喪失と、めまぐるしく色んな気持ちをローラーコースターに乗ったかの様に経験して、最後に辿り着かされたのは、「理屈じゃねえ」という場所だった。勿論、俺が予定していた通りに出産出来ていたら、どんなに素晴らしかっただろうかと思う。そう出来なかったという事について、気持ちの上で未だに何かしこりの様な物はある。でも、そんな事で拗ねていても始まらないのだ。新生児は、毎日驚く早さで育って行く。そんな過ぎてしまった事に捕われて、今この瞬間を享受出来ないようでは、俺は人として終わっている。
そして、それは全ての事に通じて言える事なのだ。
俺は、この出産を通して "All or nothing" のような拘りを捨てる事が出来た。それは、俺がほぼ産まれてこのかた持ち続けて来た、捨てる事の出来ないプライドのような物だった。自分の想い描いた大切な夢を、メッタメタに切り刻まれた事で、また一つ生きるという事や生にしがみつくという事にリアリティが得られた気がする。
人は、無垢に産まれて来て、いつからか欲を覚え、それを満たす為に自分を忘れて行く。
失ったそれをまた取り戻す為に人は努力する。それを得るまでが、人生の前半なのだ。
その時期を青春と呼ぶのかもしれない。
そしてその涙ぐましい努力は、人がホルモンの影響下にある限り、本人が望むと望まざるとに関わらず、基本的にメーティングの為にあるのだ。
自分を忘れる程に、何かをアダプトして自分を変えて行こうとする原動力は、人に受け入れられたいという欲求に他ならない。それは、人間が社会的な生き物である以上避けられない最低限の欲求で、その最たるものが異性なのだ。
俺は同性愛者ではないので、彼等の気持ちは分からないが、少なくともへテロセクシャルであればそうだと思う。
その一人一人の一連の作業から派生して、経済や政治、社会へと波紋は広がっている。
その受精卵というミクロから、社会というマクロまでを、モンタージュで構成した作品が、このBodysongだ。
音楽はRadioheadのジョニーグリーンウッド。
素晴らしい作品だが、どうやら、日本では未発売のようなので、以下に本編を貼付けておきます。Enjoy.
bodysong 1
bodysong 2
bodysong 3
Sunday, June 19, 2011
ビーイング・ボーン ~驚異のアメリカ出産ビジネス
ウチの長男がこの世に生まれでてくるまで、後一月程になった。
嫁のお腹は増々大きくなって来て、今産まれても不思議じゃないほど張っている。
正直、ちょっとビビってる。
ウチは出産に当たっていくつか決めたプロトコルがあって、それに従って動いてる。
それは、俺が昔から決めていた事だったのだけれど、それを確信にさせる手助けとなった映画がこの「ビーイング・ボーン ~驚異のアメリカ出産ビジネス」だった。この作品は、分かりやすい歴史とデータをベースに、アメリカの狂った医療事情と、それを当然として受け入れているアメリカ人の「常識」に鋭く斬り込んでいる。詳しくは上記のリンクのライナーノーツを読んで欲しい。
ウチの出産に際しての決め事は、
1-病院での出産ビジネスには参加してやらない事
2-医学的に必要でない限り、無痛分娩や帝王切開などしない事
3-自然分娩で、産婆さんの立ち会いで、基本的に二人で産む事
4-産後は母乳で育てる事
ここで、普通の人達なら「何が特別なの?」と思うかもしれないが、ここアメリカでは事情が違う。
現在、アメリカ人の6割以上が無痛分娩で出産しており、帝王切開も3割を超え(そのうち何割かは無痛分娩とかぶっている事は言うまでもないが)、陣痛促進剤の使用は22%と、ほとんどが自然分娩で出産出来ていないのだ。実際にはその割合はもっと低いと思う。
これは問題だと思う。
もちろん医学的な理由でやむを得ない場合もあるだろう。そんなケースにおいては、「医学が進んでてよかったですね」と言いたい。ウチだって、今のところ順調だが、土壇場になって病院のお世話にならないとは限らない。
しかし、残念ながら大半の理由は、「痛いのが嫌だから」と、もう一つは「医者の都合」なのだ。
陣痛が始まってから出産までは、非常に長い時間がかかる事が殆どだ。
24時間を超える事も珍しくない。
医者の言い分としては、「いちいち全ての患者のそれに付き合ってられない」のだ。
しかもこうした医療の介入は、直接病院の収入となる。
彼等は、自分達のやっている事を「仕事」と思っているのだ。
陣痛導入剤の使用や、帝王切開と無痛分娩の併用によって、医者は自分達の就業時間に妊婦の出産を合わせさせる事が可能になった。
未だに人間は、どのようにして陣痛がそのタイミングで始まって子供が産まれてくるのかを知らない。
母体が決めるのだろうか?
それとも胎児が?
それとも両者の同意によって始まるのだろうか?
いずれにしても、そこにはその二人しか存在していない訳で、自然出産ならば誰も責める事は無い。それ以上でも以下でも無いからだ。しかしそこに医者の都合が介入してきたとしたら、どうだろうか?
胎児にとって、この世に出てくるという人生最初にして最大のイベントを、自分の同意無しに強制されたなら、俺だったら絶対に母親に裏切られたと思うと思う。
ところで女性の体には、妊娠から出産までの間に様々なホルモンがそのステージにあわせて段階的に分泌される機能が備わっている。
いわゆる女性ホルモンや黄体ホルモンが、初期から後期までの体の変化に対応して精神をも変化させる。
ウチの嫁が太ったり大人しくなったり、優しくなったり眠たくなったり、明らかに情が深くなったりと、教科書どおりに変化しているのを見るのは、非常に楽しい。
人間というのはPCみたいなもので、OSをアップデートすると機能が変わるのだ。
人格まで変わってしまうのには、正直おどろいた。
この通過儀礼を経て、人は大人になるのだと思った。
妊娠も最終段階に入ると、オキシトシンというホルモンの分泌によって子宮の収縮を促し、陣痛が始まり、また痛みを誘発する。陣痛は回を重ねる毎に長さと痛みを増し、その間隔はどんどん狭まって行く。
母親は、この苦痛を究極まで耐えぬいて、いよいよ出産の時に生じる最大の痛みによって、沈痛の為にエンドルフィンというホルモンを一気に放出して、子供を産む。このホルモンには沈痛と同時に、快感を伴う「悟り」に近い精神状態にする効果が在り、この時に感じる快感はエクスタシーやMDMAによって得られる多幸感と同種のものであるともいわれており、経験した事のある方なら想像がつくだろう。
この、「苦痛を絶え抜いた後にやってくる開放感」と「多幸感」によって母親は子供を愛する事を自分にメタプログラムする。
これは科学的に証明された事実だ。
帝王切開や無痛分娩では、このプロセスがない。
それがどう母親や子供に影響するのか科学的なデータは無いようだが、そんな根拠を求める必要があるのだろうか?
これは母親側の話だが、子供の方はどうだろうか?
出産とは、胎児にとって初めて経験する苦痛であり、トラウマ的な体験だ。それをカバーする為にも、出産直後の母親とのスキンシップ(日本ではカンガルーケアというらしい)は欠かせない。そして一番はじめに出る母乳には、分娩で大量に放出されたエンドルフィンが含まれているため、それを呑む事で新生児は母親がその時感じている「多幸感」に似た愛情を共に感じる事となる。つまり母子共にトラウマを共有した後に快楽をも共有する訳で、この「感覚のジェットコースターの相乗り」が母子の愛情を繋ぐ事になるのだ。
そしてこの一番初めの母乳には、母親の持つ抗体も含まれているため、これを呑む事で新生児は環境に対応する。
すごいメカニズムだと思う。こんな複雑なシステムを何故考えついたのだろう?
女という生き物は不思議だ。
帝王切開や無痛分娩では、新生児は当然ながらこの恩恵を受けられない。
先週のパパさんママさんクラスで、ウチの産婆さんが言っていた。
「痛いからといって、それは当然の痛みですよと放ったらかしたり、また難産の末、不幸にも胎児やその母親が死んだ時に、それを自然な事として受け入れる事が出来なくなった。痛ければ無痛分娩があるし、難産なら帝王切開できる。その結果、いままで成されてきた自然淘汰が利かなくなり、自然分娩出来ない体の女性達がどんどん子供を生んで、これから増え続けて行くだろう。私たちの生きている時代とは、そんな時代です。」と。
遺伝的に自然出産しにくい女性や、陣痛を受け入れる事が出来ない精神的に未熟な女性が増え続ける。。。
状況が好転しない事が分かっていても、自分の成すべき事をやり続けている彼女もまた、戦っているんだなと思った。
Subscribe to:
Posts (Atom)


