Wednesday, September 8, 2010

めがね



 自分というものをしっかりと維持して生きて行くのは、とても大事な事だ。そうでなければ、この競争社会を生き延びて行く事は難しい。油断していたら、脇が甘くなって失敗したり、最悪の場合、仕事を奪われたり失ったりしてしまう。仕事だけじゃない。年齢を重ねれば持ち物も、やらなければならない事も増え、それらに関する責任等も右肩上がりに増えて行く。法的な責任なんかも出て来て、とても一人で全部は対応出来なくなるから会計士や税理士、弁護士なんて仕事がもてはやされるのだろう。営業マンや、家庭を持っている人達なんて、俺の想像の範囲の遥か外側でその重責を担っていると思う。もちろん誰もが何となくそれに慣れて生活している訳だが、都市生活を営む上で、シンプルライフとは、ほぼ死語となりつつある気がする。
 そのテンションを維持する為には、時には自分の意見を信じて疑わない堅固なエゴを持って臨まなければならない事もある。俺の様に、カリフォルニアのゆる〜い時間の中で生きていてもそれを思ったりするのに、ストレス社会の日本で働いてる人達はきっと大変だろう(と、書いていて気がついたが、俺がそのプレッシャーを感じているのは、日本から受けた仕事の時だけだな)。
 
 「めがね」は、そんな都会の喧噪から逃れて南の島へ来た一人の女性タエコが、偶然泊まった宿で出会った人々との交流を通して、戸惑いながらもその凝り固まったエゴを脱ぎ捨て、リラックスした本来の自分を取り戻す、旅の物語。
彼女がそこを選んだ理由は、単純に「携帯の電波が通じない所だから。」う〜ん、分かる。日本に居て車屋だった時、昼夜となく鳴るお客からの電話にうんざりして、コッチに来た時に電話が無くて凄く生活がリセットできたと思った。懐かしい。そんな彼女は、いつでも価値判断の基準を自分に置いていて、それを疑うというアイディアすら持っていない。
宿に流れるスローな時間と自分とのギャップを不快に感じた彼女は、二日目にしてチェックアウト。無礼極まり無いのだが、本人のロジックでは当然だと思っている事が、態度にありありと出ていて可笑しい。結局は、後に戻ってくる訳なのだけど。
宿の人間とは言わず、近所の誰もが食べている浜辺のかき氷も、何度勧められても「かき氷は苦手なんで」の一言。その度に、それを美味いと知っている皆は、彼女の「やらかしちゃった感」を残念に思っている始末。

 こういう、「走りすぎて擦り減った時」というのは、誰にでもあるのだろうか?
俺には、そんな覚えがある。メキシコを旅していた時、その旅自体をナメてかかっていた俺は、英語が全く通じない環境に相当なストレスを感じていた。ローカルの人達と全くコミュニケーションが取れない。話せる相手は宿に居るバックパッカー達だけ。靴磨きのオヤジにはスエードのブーツに表皮用のオイルをべったりと塗られてしまうわ、バスのチケット代はボラれるわ、どこに行ってもシャワーは冷たいし(メキシコは高地が多く、結構寒い所が多い)、とにかく頭に来てた。そこで、スペイン語を話さなければこの先ずっと楽しくないと確信し、学費が安いと噂だった全く未知の国グアテマラへ、旅もそこそこに、一気に南下した。
街に到着し、宿で紹介された学校に真っ直ぐに向かうと、ニコニコした受付の女性が対応してくれた。が、彼女、スペイン語でしか対応してくれない。今思えば当然の対応なのだが、その時の俺には、そんなことを思う余裕は全くナシ。スペイン語が話せないから勉強しに来てるのに、何でせめて英語で対応してくれないんだ?と、全くポイントのズレまくった怒りが湧いて来た。何とかかんとか頑張って入学費を払い手続きを済ませると、彼女が訊いて来た。
「どんなホストファミリーが希望ですか?」
今の俺ならきっと、「トラディショナルなインディヘナ(原住民)の家庭で、マヤ語や織物の勉強がしたい」とか気の利いた事が言えるのだが、その時の俺が見舞った一発は、なんと

「暖かいシャワーが出る所」

だった。あ〜、今思い出しても恥ずかしい。顔から火が出そう。我ながら本当に残念です。しかもそこで紹介されたお宅は確かに奇麗なお宅だったし、ホストマザーも素晴らしい人でしたが、ステイ三日目から三日間、高熱と下痢続きで寝込んでしまい、熱いシャワーもへったくれもありませんでした。。。。
そんなダメな俺にちゃんと看病してくれて、ホストマザーとその娘、そしてイヌのチェステルには、今でも感謝です。お陰で体調も回復し、学校でバリバリ勉強して、残りの旅は、一生心に残る素晴らしいものになりました。

 これには後日談があって、2年前、その旅から丁度4年後に同じ街に撮影で行く機会があり、その家を訪ねるかどうか考えていた。しかしステイも短く、それほど美談と呼べる様なエピソードを残したわけでもない、何の変哲も無い留学生の一人だった俺が、今更突然顔を見せた所でどうだろう?と思っていた。そうして一週間程が過ぎ、ある現場でクルーとカメラを回していた所、何とあのホストマザーが突然そこを通りかかった。しかしこちらはインタビューの撮影中。私語は勿論厳禁だ。俺は精一杯のテレパシーを送ってみた。それが通じたのかどうか分からないが、彼女は撮影中の俺達を一瞬見た。でも、その時の俺は、髪の毛は腰上までありヒゲも生えていて、とても当時とは似ても似つかない風貌。頑張って会釈をしたら(当然現地には会釈等という習慣は無い)、向こうはちょっと不思議に思った様だが、コチラに笑顔を向けるとそのまま行ってしまった。あの時、お礼が一言だけでも言いたかった。。。。。。

 旅って、いいよね。書いてたら何だか旅に出たくなって来た。夏が終わる前に、カウチサーフィンで一人旅でもしてみるかな。

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