Saturday, April 2, 2011

原発と東京、アエラの表紙(その1)。

 前回、地震と津波に関してここでお悔やみを述べた。その気持ちは今も勿論変わらない。
復興に向けて動き出している様子を観て、ほっとしている。本当によかった。

 しかし、原発に関しては全く別の話だ。あれは人災だ。
今回、俺は自分では解けない疑問を呈したい。もしかしたら嫌われるかもしれない。
もし腹が立ったり、間違っていると思ったり、または同意でもいい、何か思う所があればメールでも書き込みでもいいから教えて欲しい。俺は今、自分の意見に疑問が挟めなくなっている。

山岸凉子のパエトーンを読んでみて欲しい。

 俺は子供の頃、自分の家の近くに九州エネルギー館という、九州電力が建てたパビリオンがあったため、よく館内で鬼ごっこをして遊んだりしていた。そこには見上げる程巨大な、玄海原子力発電所3号機の原子炉の実物大模型が展示してあり、それが実際に動きながら発電の仕組みをナレーションで教えてくれる。小学生だった俺はナレーションを暗記する程、原子炉の模型で遊んだ。
元々SFが好きで、しかも時は1980年頃、冷戦まっただ中。北斗の拳やWAR GAME、マッドマックスシリーズ、スターウオーズ構想等に代表される様に、「誰かが核のボタンを押せば全てが終わる」という緊張感を世の中が共有していた時代だった事もあって、俺は当然の事として「核」というものの理解を深めていた。

 俺にとって、原子力発電の仕組みを知らないというのは、不思議な事だ。

 俺達は、世界で只一つの被爆国民だ。たった一瞬で、広島で14万人、長崎で15万人が虐殺された。不謹慎だと言われるかもしれないが、今回の津波の犠牲者が推定3万人と言われている状態と比較すれば、30万人を爆殺するという事がどれほど巨大なエネルギーで、かつ人道に外れた事か分かると思う。しかもその後も放射線障害で癌や白血病で苦しみ続けたり、奇形の子供が生まれたりと、こんな恐ろしい事をされておいて、それが何だったのか知らないというのは、のんき過ぎないだろうか?核兵器の恐ろしさは俺達全員が小学校の時、毎年夏に嫌というほど刷り込まれている筈だ。
俺の理解は間違っているのだろうか?それとも、ゆとり教育では日教組の左翼教員達は原爆の事を教えなくなったのだろうか?

 今回の事故の後の報道や、周囲の知人の話を見聞きして、俺は原子力というモノに対する一般的な理解というのがどの程度のものなのか分からなくなって混乱している。俺の周りには、「東電に騙された被災者への同情論」が多い。曰く、「東電に絶対の安全を約束されて建てたのに、こんな事になって可愛そう」だという。

原発の絶対の安全なんてそんなもの、一体誰が信じるのだろう?
自分の家の裏に原発が建てられたら、俺はそれまで通り普通には暮らせない。
原爆が自分の家の裏でゆっくりとお湯を沸かしている。ものすごい緊張感だと思う。
もしその時、俺が原発の事をよく知らなかったとしたら、一生懸命調べると思う。
絶対に、人の説明を鵜呑みにしたりしない。
利害が絡む時、人間とは決して自分に不利な事をわざわざ人に話したりする生き物ではないのだ。
そこを自覚できているかどうかが、「生きる」という事なのだ。
この動画に出てくる、東電のプロパガンダを書いた奴は、きっと普通の顔をした悪魔に違いない。



ある日のニュースで、東電の副社長が避難所を巡って頭を下げていた。それを被災者が大声でなじっていた。
この人には、東電をなじる権利があるのだろうか?
こんな状況で、とにかく誰かに怒鳴りたいというのなら、心情としてまだ分かる。
でも、俺が今現在知る限り、東電が謝罪するべき人的ミスを犯しているという情報は聞かない。
彼等は最善を尽くしているように見える。
俺が初めに「人災」だと言ったのは、原発を建てた事自体なのだ。
そしてそれは、東電と、それに同意した地元住民の共犯だと思う。

誤解しないで欲しい。命がけで反対運動したけど、結果やぶれて建てられてしまった人達も沢山いるだろう。その人達には同情を禁じ得ない。悔しいだろうな、と思うと俺も泣けてくる。
でも、その人達だって東電をなじる権利は無いと思う。原発が建ったのに、動かなかったのだから。
原発が建った後からそこに引っ越して来た人達は、論外だ。

原発が建ったのに動かなかった、老い先短い年寄り達は悲惨だ。この人達は、きっと東電をなじったりしない。動く気力もなく、ただ目に見えない死を受け入れて今も放射能を浴びながら暮らしている。動画を探したが見つからなかった3月26日のFNNのニュースからの抜粋を読んで欲しい。

以下、抜粋:

陸上自衛隊が原発から20km圏内にある避難指示の町をとらえた映像では、人や車の姿はなく、町は静寂が支配していた。
原発までの距離が10kmを切ると、次第につめあとがあらわとなった。
自衛隊が到着したのは、原発からおよそ5kmの福島・双葉町。
ある夫婦が住む1軒の民家を訪れた。
防護服に身を包んだ隊員の姿が、危険さを語った。

自衛隊員「おばあちゃん、ユキコさん?」
女性「はい」
自衛隊員「おじいちゃんは?」
女性「寝てる」

この夫婦は、今も自宅にとどまっており、家族から救助を求める要請が入ったという。

自衛隊員「ユキコさん、おばあちゃん、助けに来たから。川俣の避難所に...」
女性「どうせ、わたしはな、腰が動かないの、寝ることができないの...」
自衛隊員「それでね、たぶん娘さんからも、娘さんのみちこさん。さっきね、朝、電話来たの。電話来て、『救助してください』ってことで、電話来たのね」
女性「わたしはいいよ、どうなってもいいですから...」
自衛隊員「いやいや、そういうことじゃなくて。やっぱりね、一番大事なのは体だから」
女性「すみませんけども、せっかくですけども、わたし、ここで...」

避難所に移るように説得する隊員。
しかし女性は、「体の不自由な人が行っても迷惑になる」と拒否した。

自衛隊員「なんとしても駄目? なんとしても駄目かな?」
女性「うん。ここにおる、どうなってもいいから」
自衛隊員「電気来てないんだもんね、電気ね」
女性「ここに置かしてください。どうなってもいいんで」
自衛隊員「わたし、正直言って、置かしてくださいって言われても」

女性の意思は固く、隊員らは再び訪れることを約束し、家をあとにした。
30km圏内には、寝たきりの高齢者など、今も2万人近い人が、自宅に残っているという。

 これは、何とも救いのないニュースだった。このおばあさんは、爆発した原発のすぐ裏で、普段着のまま暮らしていた。電気も無く、表に人の姿も全く無い、静まり返った死の町で、夫婦でただ暮らしている。

俺が今回問いたいのは、「無関心」なのだ。耳障りなのは勿論承知の上だ。
しかも、俺が問いつめようとしている相手とは、正に上記の老夫婦の様な人達だと思う。なぜなら、福島第一原発の誘致が決まったのが丁度50年前。恐らく上記の夫婦の年代の人達こそが、それを受け入れた当時現役の20代から30代の人達だったはずだ。
添付の動画のようなプロパガンダを鵜呑みにして、自分達の命に関わる安全かどうかの判断基準を他人に明け渡してしまった事は、責められるべき事ではないのだろうか?

 ここまで書いたが、だからといって彼等被災者や老人達にどうこうと言いたい訳では無い。
俺は今更、こんな救いの無い状態の人達を断罪しようなどと言っている訳でも無い。
彼等には、絶望を乗り越えて、今一度生きる力を振り絞って欲しいと、心から思っている。
俺が、わざわざ彼等を引き合いに出して話を進めたのは、実は東京の話がしたいからだ。
上に説明した、今回の事故を引き起こした原因である無関心と同種の無関心が、東京を覆っている様に外からは見える。
そして、それは恐ろしい事に思えてならない。

俺は、誰かの思惑で自分の命を失ったりするのは、絶対に嫌だ。

次回は、このまま東京について引き続き記してみたい。

2 comments:

  1. 全部のシナリオを描いた奴らに問いたい 何の為なのかを。

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